父の職業
中沢家は代々下駄の塗装が生業ですが、親父はそういう仕事があまり好きでなくて、若いころ京都に出て、もと円山応挙派の画家について勉強した日本画家であり蒔絵師でした。しかし、戦中は絵描きじゃ食えませんから、家業の下駄の塗装をこつこつやっていたということでした。
※円山派
江戸時代の日本画の一派で円山応挙を祖とする。伝統的な様式に遠近法を取込み、写実的な模式を確立した。
※蒔絵
平安時代に盛んになった漆(うるし)工芸。漆で模様を書き、金、銀などを付書させる。