| 国民服と下駄 当時、僕らが着ていたのは国民服と呼ばれるものが多かったのですが、僕はずっと学生服で、紺の上下と白い開襟シャツに学生帽をかぶってました。広島は下駄の産地なのでみな下駄を履いていた。地方ではみな草履を履いていて、下駄のような高級なものは履けなかったという人がいましたが、広島は下駄でした。女の子はもんぺをはいたり、てんでんばらばらだったけど、うちの姉はジャンパースカートをはいてました。意外と広島というのは服装がきちんとしていたという印象があります。 ※国民服 1940年(昭和15年)、国民の着用すべきものとして決められた服。 男子の服は軍服に似た形。女性(女学生)用のもあった。 |