平和祭り
戦後、広島で平和塔を作って、「ピカッと光った原子のために、よいやさ、よいやさ」といって神輿を担いで、平和復興祭をやったんですが、非常に市民感情を逆なでしました。ピカッと光った原子のために平和がきたなんていう安易な祭りだったので、被爆者の間で反発があった。だけど一概にそれは責められないと思う。みんなが沈んでしまってるわけだから、なにか景気づけに、生きる希望を持とうという意味で祭りという発想をしたんじゃないか、そうでもしないとあの悲惨さを紛らわすことはできなかったと今でもそう思いますね。