広島の歩き方(はだしのゲンを歩く)パート4
edited by ShitB
10 江波中学校
「オース」「メース」「サース」といまでも聞えてきそうでもない感じですが、「はだしのゲン」の中で登場する波川中学校のモデルが、この江波中学校です。相原が、太田先生が、そしておなじみのクソ森が、「青い山脈」が…、ゲンが青春を謳歌するこの学校、実際、中沢さんも 広島市の平和都市建設計画により、住み慣れた鷹匠町より、立ち退き命令が出され、吉島刑務所近くの工場跡地の代替え地に異動することを余儀なくされ、その後、入学したのが、この学校。
劇中でも語られるように、名前だけで、校舎もなく、商業高校の一角をまがりして授業が、おこなわれていたそうで。 そして中沢さんが晴れて、三年生に進級した頃に母校といえる、新校舎が完成。
しかしその校舎が建っている位置をみて、大変、中沢さんは驚いたそうです、そこは、無数の被爆者が焼かれ、人骨の山が、何個も何個も積み上げられ、それを無造作に米軍のブルドーザーや、ローラー車が押し潰して平地にした(劇中では政二さんのエピソードに登場します。)
正しくその場所だったそうです。行き方…広電江波線「江波」より徒歩1分
11 江波小学校
本川小学校の回にも少し触れましたが、学校が再開され、中沢さんが最初に転入したのが ここ、江波小学校です。 当時はまだ、火傷や、負傷して動けない被爆者がここで、生活もしていたそうです。ここでの生活は散々だったそうで、地元意識に固まった、悪ガキからのイジメ や、原作でも登場するエピソード、母が物取りの疑いをかけられ、始末書を書かされたりと、 中沢さん曰く、江波の町で、弱い者に対して、容赦なく威張り、いじめ抜く本性、「人間の正体」「日本人の正体」をみたと語っています。
この学校は劇中では江波で路頭に迷う君江とゲンが訪れるシーンでほんの数コマ登場します。

行き方…広電江波線「江波」より徒歩10分、江波トンネル越えてすぐ。<番外編>
ここからはすこし「はだしのゲン」から離れます。
12 無名戦士の牌
これも前に少し触れましたが、中沢さんの実父、中沢晴海氏が戦前、左翼の新協劇団に属し、島崎藤村の「夜明け前」やゴーリキーの「どん底」など、(当時は、治安維持法の下、危険思想、思想弾圧のなか発禁本であった。)演じていたそうなのですが、この牌は官憲に弾圧されながら 反戦活動をし、原爆死した人の名前を合祀したもので、その中に晴海氏の名前をあるそうです。
蛇足ですが、この牌がなかなかみつけきらず、中沢先生から直々に場所を教えていただきました。ありがとうございました。
行き方…広電「土橋」電停下車、電車道を歩き、平和大通り(100メーター道路)と
の交差点のわきにあります。