home > barefoot gen > features > hiroshima-real BAREFOOT GEN


「広島の歩き方」〜リアル〜
edited by ShitB



昭和50年8月22日発行の「アサヒグラフ」に原爆漫画「はだしのゲン」〜中沢啓治のヒロシマ30年〜
といった類いの特集が組まれました。事実、中沢啓治氏本人が、30年後のヒロシマの大地を訪れ、
当時の記憶を辿りながらこの30年を振り返るといった企画でした。今回はその当時の写真中心に、
あの日のヒロシマを見てみましょう。(注釈も「アサヒグラフ」より引用させていただきました。)

扉絵
「小学生の頃、川エビを捕るために、橋から飛び込む川底にしゃれこうべがゴロゴロ
していた」━相生橋付近で

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

絵・中沢啓治
焼けただれた死体にウジがわいた
猛暑の中でウジはすぐハエになった……━絵・中沢啓治

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

江波町

「被爆して一週間目 母と漁師町の江波に逃げた 食糧が手に入らず 毎日泣いてこの道
を歩いた」━江波町で
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

江波町

「一家の食糧調達係だった 畑でイナゴを捕り 川や海で貝やカニ エビを捕まえた
━江波町で
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

神崎小にて
「この学校へ来る途中 原爆が炸裂した 私は倒れた塀と街路樹にはさまれて助かったが そのとき私と立ち話をしていた友人のお母さんは光を浴び即死した」━神崎小で