「はだしのゲン」戦後編を追え!
edited by ShitB

よくよく言われる「はだしのゲン」戦前編は
(汐文社版でいうところの4巻の終わり、中公版で第一部 完まで)
週刊少年ジャンプデータベースや、ここらあたりで語りつくされていますが、
ジャンプ連載終了後、「はだしのゲン」はいろんなの雑誌を渡り歩きながら連載されています。
この戦後編は、連載された雑誌が一般誌とはほど遠い 堅めの雑誌で中沢さんも「場違いでは」
と思いつつ、ゲンを描き続けたようです。
また当時の少年ジャンプより入手が困難故に、その実態を掴むのは不可能では? と
囁かれていましたが…。(まんどくさいという話も)この度、ゲンプロが独自に調査を進めた
結果、その全容がおぼろげながらが明るみに!
(画像は「文化評論」連載当時の読者コーナーフォルダからランダム。)
■1975年■ 「市民」(勁草書房)9月号より1年半連載
|
章名
|
はじまり
|
おわり
|
汐文社版でいうと… |
|
苦闘編
|
悪友、隆太との再開 から
|
隆太!! 涙の賭場荒し まで
|
5〜6巻
|
市民社や、翠楊社より刊行されたコミックス、戦後編の前期部分。
経営不振により廃刊になり、あえなく中断となった。
■ロゴ■


「隆太のその後は?」「九州の炭坑にいったきり兄、浩二は?」「孤児たちの父親役の老人は?」と
中途半端に連載終了となってしまった未完のゲン。中沢さんは新たな連載場所を探し、月刊誌「文化評論」へ
その場を移します。なんと連載号を前にして総集編と銘打って いままでのあらすじまで雑誌に掲載されました。

な、なんとあらすじ冒頭には先生自らの自画像まで披露!

数々の名エピソードを織り交ぜながら、紹介される「はだしのゲン」。
「原爆の恐怖の匂いがたちこめ始めていた」
におい系でまとめるのも中沢さんならでは です。
盛りに盛り上げ、連載スタートを切りました。
■1977年■ 「文化評論」(新日本出版社)7月号より3年半連載
|
章名
|
はじまり
|
おわり
|
汐文社版でいうと… |
|
激動編
|
夏江と運命の再開 から
|
号泣!! 涙の京都旅行 まで
|
6〜7巻
|
世間では実写版「はだしのゲン 第二部」が公開されたり、英語版が登場したりと、
読者からのお便りコーナーや、著者よりのメッセージなどを掲載した「がんばれ!はだしのゲン」コーナーが
組まれたり、1978年の8月号では34年目の原爆の日に会わせて、一挙32ページで「夏のおわり」を掲載したりと
まさに時代の波にのってフィーバーしていたようです。 その最高潮の中、激動編が終了。
青年ゲンを描きたいという、中沢先生の練りに練った構想により満を持して はじまったのが…
自立編!!
「また きな臭いにおいがしはじめました」
こちらもにおい系でまとまってます。
が、しかし。「原稿料が払えないから」との理由で
自立編は、またもや しり切れトンボ状態で終了。
■1979年■ 「文化評論」(新日本出版社)10月号より
|
章名
|
はじまり
|
おわり
|
汐文社版でいうと… |
|
自立編
|
好敵手!! 相原と対立 から
|
平和大行進 まで
|
8巻
|
「文化評論」で連載した自立編は6回で惜しまれながらも終了。時は1980年の3月。
このあとゲンが再び連載される雑誌、「教育評論」での連載再開まで、2年の歳月を待たなければなりませんでした。
(続く)
■ロゴ■