●知ってるつもり?「はだしのゲン」(2000年12月20日1995GENPRODUCTION発信)
みなさんご存知の通り、我々が愛してやまない「はだしのゲン」は1973年、漫画新幹線こと「週刊少年ジャンプ」6月25日号誌上で華やかにデビューをかざりました。いや華やかかどうかはわかりませんが。それでは実際その貴重なデビュー当時のジャンプを見てみましょう!→
あれあれ?みなさんお気づきのはずだと思いますが、進次の「うろんがええよ」が見れると思ったら、いきなり父、大吉の出所祝い??確かに、中公社版の初出欄にはその号からに…そんな上げ足取りは後にして本題にはいりましょう。けど気になりますね。
さてそんな「はだしのゲン」。実はこのジャンプ連載当時にも、一部、二部構成があることがわかりました。しかも、その間には、はだしのゲン=終戦編と題して「麦っ子たち」として連載していたことも同時に発覚!!
中沢さん分けるのすっきやな〜。というよりは自伝のほうでも少し書いていられますが、やはり週刊誌の過酷なペースの為か、また上からの指示などもあったようで休載されていることが特に後半(1974年)多くみられます。そんな中いろいろな諸事情がからみこうなったかもしれません。では実際どこまでが一部か、そしてどこまでが「麦っ子たち」か、それから二部は?
詳しく解説すると…
- はだしのゲン=終戦編「麦っ子たち」
その名の通り、昭和20年8月15日、終戦を迎え、玉音放送を疎開先で聞く昭あんちゃん登場から昭あんちゃん、母、君江、ゲン、隆太達と再会。麦のようにつよく生きると誓うくだりまで。

- 第二部
昭和20年8月30日厚木飛行場にマッカーサー元帥が進駐から浩二あんちゃんとの再会、隆太との別れ、そして友子の死…まで。ご存知の通りこのくだりが現在の第一部と第二部の区切りになりますね。
こうやって見てみるとそういえば、チャプターがわけられる事がわかります。また実際当時のジャンプをみてみると、完全に「麦っ子たち」として連載している為、購入する際は注意が必要です。目次を 見ても「はだしのゲン」とは書いてありませんから…。
(1995GENPROD.)
